ことわざ・慣用句のなかのダブルミーニング
「ことわざにもダブルミーニングがある」と、よく言われます。
大半は違います。 比喩をダブルミーニングと呼んでいるだけのことが多いのです。 条件で分けると、本当に該当するものは多くありません。
まず、比喩と二重を分ける
比喩 … 字義どおりの意味は【成立していない】
「手を焼く」= 実際に手は焼けていない
ダブルミーニング … 両方の意味が【同時に成立する】
判定はダジャレとの違いと同じ基準で足ります。
片方の意味を消したとき、文が成り立たなくなるか。
比喩は、字義どおりの意味を消しても困りません。 だから比喩は該当しないのです。
✕ 手を焼く/水を差す/油を売る/腰を据える
→ すべて比喩。字義どおりの意味は使っていない
条件を満たすもの:正反対に読める語
両方の意味が成立してしまい、しかも逆を向いているものです。
| 表現 | 一方の読み | もう一方の読み |
|---|---|---|
| 気が置けない | 気を遣わなくてよい(親しい) | 油断できない(警戒すべき) |
| 役不足 | 役目が力量に対して軽すぎる | 力量が役目に足りない |
| 情けは人のためならず | 巡り巡って自分に返る | 甘やかすのは本人のためにならない |
| 確信犯 | 正しいと確信して行う | 悪いと分かっていて行う |
| 敷居が高い | 不義理があって行きにくい | 格式が高くて入りにくい |
これらは「うまいダブルミーニング」ではなく、事故の側です。 書き手に意図が無く、受け取られ方が制御できないからです (→ 誤解を生むとき)。
実務では使わないのが、最も確実な対処になります。
条件を満たすもの:語呂で二重になっている慣用句
数字や物の名前が、音として別の意味を持っているものです。
「一石二鳥」 … 石で鳥を2羽。字義も比喩も同時に成立している
「二階から目薬」 … 情景として成立し、かつ「効き目がない」を指す
「猫に小判」 … 情景として成立し、かつ「価値が分からない」を指す
これらは【寓話型】と呼ぶべきもので、 「その情景が実際に成立し、同時に教訓を指している」構造をしています。
厳密には、ダブルミーニングというより**アレゴリー(寓意)**に近いものです。 ただし「両方成立する」という条件は満たしています。
掛詞由来のことわざ
和歌の掛詞から生まれ、慣用句として残ったものがあります。
「立つ鳥跡を濁さず」の「立つ」 … 飛び立つ/その場を去る
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」 … 稲の情景/人の態度
後者は寓話型と同じ構造です。 稲の描写として完全に成立し、同時に人間の話になっています。
百人一首の掛詞で見た「二つの読みが一つの絵になる」形が、 ことわざにも受け継がれているわけです。
整理すると
| 種類 | 両方成立するか | ダブルミーニングか |
|---|---|---|
| 比喩(手を焼く) | ✕ | ✕ |
| 正反対に読める語(気が置けない) | ◎ | 該当。ただし事故 |
| 寓話型(一石二鳥・猫に小判) | ◎ | 該当。アレゴリーに近い |
| 掛詞由来(実るほど〜) | ◎ | 該当 |
「ことわざのダブルミーニング」として紹介されているものの多くは、 比喩か、この寓話型のどちらかです。
実務に持ち帰れること
寓話型の構造が、そのまま使える
「情景として完全に成立させ、同時に主張を指す」
→ これは【型2(多義)】でも【型1(同音)】でもない。
情景全体を二重にする、という第5の型に近い
→ 語ではなく、【場面】を掛ける
1語を掛けるより、場面ごと掛けるほうが強いことがあります。 ことわざが千年残っているのは、この構造の耐久性による面があります。
まとめ
- ことわざの多くは比喩であって、ダブルミーニングではない
- 判定は「片方の意味を消したら文が壊れるか」で足りる
- 正反対に読める語(気が置けない・役不足)は該当するが、事故の側
- 寓話型(一石二鳥・猫に小判)= 情景も教訓も同時に成立する。アレゴリーに近い
- 掛詞由来のものもある(実るほど頭を垂れる稲穂かな)
- 実務に持ち帰れるのは寓話型の構造。語ではなく場面を掛ける