「ダブルミーニング」と「掛詞」は同じものか

仕組みとしては、ほぼ同じものです。

掛詞(かけことば)は、一つの音に二つの意味を持たせる和歌の技法をいいます。 現代語で「ダブルミーニング」と呼んでいるものと、やっていることは変わりません。

ただし和歌の掛詞には、現代のダブルミーニングには無い制約が3つあります。 そこを押さえると、両者の距離がはっきりします。


まず、同じであることを確認する

小野小町の歌が分かりやすいでしょう。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに (百人一首 9番・小野小町)

  • ふる … 「経る(時が過ぎる)」と「降る(雨が降る)」
  • ながめ … 「眺め(物思いにふける)」と「長雨」

二つの読みが同時に成立しています。 片方だけを取っても文が壊れる、というダブルミーニングの条件も満たしています。

もう一つ、地名を使った例を挙げます。

立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む (百人一首 16番・中納言行平=在原行平)

  • いなば … 「因幡(地名)」と「往なば(行ってしまったら)」
  • まつ  … 「松」と「待つ」

**1首に2箇所も掛けています。**現代の広告コピーでここまでやると、まず伝わりません。


制約1:音が先にある

現代のダブルミーニングは、表記で成立させることができます。 漢字を当て分けたり、区切りを変えたりして意味を重ねられます。

和歌にはそれができません。声に出して詠まれるものだったからです。 掛詞は最初から音の一致だけで作られています。

現代  … 表記でも音でも掛けられる(型1・型3が使える)
和歌  … 音でしか掛けられない

この制約が、掛詞を洗練させた面があります。 表記に逃げられないぶん、音の選び方が精密になるからです。


制約2:掛ける語が、ある程度決まっている

和歌では、掛詞に使われる語が歌人のあいだで共有されていました。

掛かる意味
まつ松/待つ
ふる経る/降る/古る
あき秋/飽き
世/夜/節(ふし)
かる枯る/離る
うら浦/裏/心(うら)

読み手が「この音は掛かる」と知っていました。 だから気づいてもらえたのです。

現代のダブルミーニングには、この共有された辞書がありません。 気づかれない最大の理由が、ここにあります(→ 別記事)。


制約3:地名・固有名詞を積極的に使う

現代のコピーで固有名詞を掛けることは少ないのですが、和歌ではむしろ主流でした。

大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立 (百人一首 60番・小式部内侍)

  • いく野 … 「生野(地名)」と「行く」
  • ふみ  … 「文(手紙)」と「踏み」

歌枕(うたまくら=和歌で使われる決まった地名)が共有財産としてあったので、 地名を出すだけで背景の情景まで呼び出せました。


縁語という、もう一段の技法

掛詞とセットで語られるものに**縁語(えんご)**があります。

掛詞が「一つの語に二つの意味」なら、 縁語は「関連する語をわざと同じ歌に集める」技法をいいます。

掛詞  … 「まつ」=松/待つ     (1語に2意味)
縁語  … その歌に「枝」「葉」「根」も置く(意味の網を張る)

現代のダブルミーニングには、この発想があまりありません。 1箇所を掛けて終わりにしがちですが、 周辺の語を掛けた側の意味に寄せておくと、二つ目の読みが発火しやすくなります。

これは実務でそのまま使える、古典の知恵です。


まとめ

  • **仕組みは同じ。**掛詞は千年前のダブルミーニングと言っていい
  • 違いは3つ。音でしか掛けられない/共有された掛詞の辞書があった/地名を使う
  • 和歌には「この音は掛かる」という共通了解があった。現代には無い
  • だから現代のダブルミーニングは気づかれにくい。制約ではなく環境の差
  • 縁語(周辺の語を掛けた側に寄せる)は、現代でもそのまま使える

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