「ダブルミーニング」と「ダジャレ」は何が違うのか

どちらも一つの音に複数の意味を重ねています。仕組みだけ見れば、ほとんど同じです。

それなのに、片方は「うまい」と言われ、もう片方は「寒い」と言われます。 この差はどこから来るのでしょうか。


分かれ目は「両方の意味が同時に成り立つか」

これが唯一にして決定的な違いです。

ダジャレダブルミーニング
音を重ねる
両方の意味が文脈で同時に成立する不要必須
目的音が一致したこと自体を面白がる一つの言葉に二つの読みを載せる
読み手の反応気づいて笑う(または呆れる)気づいて構造に感心する

ダジャレは、意味が通らなくてもかまいません。 音がぶつかった瞬間に、役目が終わっているからです。

ダブルミーニングは、意味が通らないと失敗になります。 二つの読みが両方とも成立して、はじめて成立するものだからです。


自作の例で比べる

同じ「かける」という語を使って、二通り作ってみます。

ダジャレ         「電話をかけると、腰もかける」
          → 音は重なっているが、二文が別々のことを言っている。
            片方を削っても、もう片方は困らない

ダブルミーニング  (保険の広告文として)「その一言に、かけてみませんか」
          → 「賭ける」と「(保険を)掛ける」が同時に読める。
            どちらか一方の意味だけで読んでも、文として破綻しない

判定の仕方は、これで足ります。

片方の意味を消したとき、文が成り立たなくなるか。 成り立たなくなるならダブルミーニング。両方とも残るならダジャレ。


「寒い」と言われるのはどちらか

ダジャレが寒いと言われやすいのは、音が一致しただけで満足しているのが見えるからです。 読み手からすると、それ以上読み取るものがありません。

ダブルミーニングは、気づいた読み手にもう一段の読みを渡します。 だから同じ仕組みでも、受け取られ方が変わってきます。

逆に言えば、二つ目の意味が薄いダブルミーニングは、ダジャレに落ちます。 「掛けたはいいが、掛けた側の意味に中身がない」という状態が、それにあたります。


混同されやすい3つ

ダジャレ以外にも、隣に置かれやすいものがあります。

名前何が違うか
掛詞和歌における同じ技法。ダブルミーニングとほぼ同義(→ 別記事)
なぞかけ「AとかけてBととく、そのこころは──」と、第三の言葉を答えとして差し出す形式。二重の意味を"隠さず開示する"点が逆
地口(じぐち)ことわざや固有名詞をもじる遊び。元ネタを知っていることが前提になる

ダブルミーニングだけが「気づかなくても読める」形をしています。 なぞかけも地口も、気づかない読み手には意味不明な文が残ります。 ここが実務で効いてくる差です。


まとめ

  • 違いは一点。両方の意味がその文脈で同時に成り立っているか
  • 判定は「片方の意味を消したら文が壊れるか」で足りる
  • ダジャレは音が一致した時点で終わる。ダブルミーニングはもう一段の読みを渡す
  • 二つ目の意味に中身がないダブルミーニングは、ダジャレに落ちる
  • なぞかけ・地口は「気づかせる」前提。ダブルミーニングは気づかなくても読める

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